読書・評論

地球がまわる音を聴く~パンデミック以降のウェルビーイング

六本木の歯医者でインプラントを付けてもらった帰り、雨がひどくて雨宿りのつもりで森美術館に立ち寄った。「パンデミック以降のウェルビーイング」というキーワードに誘われて。たまに美術館に来ると、視界が広がった感じや、脳みそが回りはじめた感覚が心地よくて気分が良い。

時間を凝縮した作品が好きだ。現代という「いま」は、時間の流れが飛ぶように速すぎて、時間をかけること・プロセスを軽視しているような気がする。A4の小品に約1年かけた作家や、自閉症作家がチラシを重ね合わせて作った、時間がギュッと凝縮された作品。コロナで外に出られなかったとしても、その長い時間はしっかりとその人の内部で積層されて、生きた証として実っている。

エベレストに登れなかったから家で同じ高さを登る、マリアナ海溝と同じ深さを風呂の上り下りで表現する。コロナは私たちのかけがえのない現実体験をバーチャルなもので代替させた。「これは感情の枯渇。健全な感情とウェルビーイングの欠乏」端から見たらコミカルだけど本人はいたってまじめ。

人間が人間を無意識下で操ったり、お化け屋敷みたいな人間の根源的な恐怖を作品化したものがいくつかあった。良かった過去にはもう戻れない、コロナが私たちの生活にもたらした一面であることは間違いなく、芸術界、文化界にもたらした災厄、避けられない悪夢として、コロナがどれだけ芸術を破壊したか。

大きな曼荼羅を鏡とダイヤモンドで作る。SNS映えする作品は明るく、軽く、全面輝きに満ちていて、ポストコロナの祈りと希望を感じられた。

壁に一面、ゴミのような雑貨に色を塗った作品、もう片方にはボール紙でちょっと糊付けした大きさ10㎝くらいの作品。こういうのを見ると、芸術家が作ったから作品と呼ばれるのであって、僕がつくったらゴミにしかならない。これを全て倉庫に保管しておくのだって大変だろう。