父親は今年80歳、11月頭にインフルエンザをこじらせて肺炎と尿路感染症になり、一か月弱入院して回復したが、今度は廃用症候群で足腰が弱ってしまい、リハビリ専門の病院に転院した。ちなみに今回の入院費用は25万円だった。
入院前は、歩行器を使っていろいろな場所に出かけていた父親、いまは車いすで、一人で立ち上がってトイレにも行けない。せん妄もあり、失禁もあるらしい。この一か月でどの程度回復するかわからないが、予後がなんとなく不安になる。AIに相談したら「戻るポテンシャルが高いグループ」「今が底だと思ってよい」。今回の入院についてはチャットGPTに大変助けられている。嘘かもしれないけど、はっきりと言ってくれるので心強い。
先日、医師から電話があり、「もしもの時の蘇生処置をやるか?心臓マッサージでは肋骨骨折するし、気管挿管は苦しいので鎮静をかける。その後寝たきりになる可能性も高い(=蘇生処置はやらなくてもいいんじゃないの?)」と聞かれた。病院で心臓が止まったりしたら、有無を言わさず蘇生処置はやってくれるものだと思っていたから、寿命が近い老人は蘇生の対象でもなくなってきたのだなあと、すこし暗い気持ちになった。とはいえ、その選択が合理的であることもわかってるつもり。
父親のお見舞いに病院に行くと、いつも「やりたいことは躊躇せず今すぐやるべき。いつできなくなるか、死んでしまうかわからないんだから」と実感させられる。現代の先進医療で何とか寿命を延ばしたいというのではなく、健康で生きている今をいかに濃密に、納得できる形で過ごしていけるか、そっちのほうが大切な気がしている。
転院先の初日、父親が暴れたらしい。夕方に騒ぎ出して、警察呼べと言ったり、どうも大変な状態だったみたい。看護師は早く退院してほしそうな雰囲気すら出していた。新しい環境に慣れずせん妄がひどいのだと思うが、これが自分だったとしたら、周りに迷惑をかけてまで生きていたくないというのが本音だし、昔は当の父親だって同じことを言っていた気がする。こういった事象に弟の件が重なってくるので心底うんざりする。
転院先での三日目、父親のお見舞いに行ってきた。穏やかな感じでリハビリもこなしているみたいだ。まだ車いすで介助が必要な状態から抜け出せないが、これから徐々にでも回復してくれたらと思う。あと、せん妄で暴れるというよりも、トイレに行きたいとかそういった意思をうまく表現できないときに、感情が爆発してしまうのではないかと言っていた。