日常あれこれ

選挙のボランティアやった

4月23日、統一地方選挙がありました。僕は、選挙期間の一週間は毎日、それ以前は週二日くらい、東京の区議会議員選挙のボランティアをやってました。毎日ヒマで、やることと言えばクスリのODくらいだったので本当に助かりました。

いままで政治から遠く離れて生活していましたが、「選挙」という政治ど真ん中の祭りに参加したことでいくつか分かったことがあります。駅前で選挙活動、あいさつしたりビラ配ったりしていると、いかに通行人が候補者を下に見ているか。無視するのは当たり前、明らかに嫌そうな顔をしたり、大きく避けたり、捨て台詞を吐く人もいる。最悪なパターンはケンカをふっかけてくる。一方でもちろんやさしい人もいるけれど、ごくわずか。そんなゴキブリ以下の立場だったのが、当選したら急に「先生」というのは、すごく不思議な世界だと思います。

まあ確かに選挙周りの人間はクズが多い、一方で有権者も似たり寄ったり、目も耳も節穴で、これではろくな政治家が輩出されないのも分かります。有権者は政治家を信頼していないし、政治家も有権者を見ていない。誰も政治というツールで世界を良くしようと思ってないんじゃないか。

古代ギリシア人は戦争に行く義務を果たして初めて市民たり得たそうですが、民主主義を維持するのだって相応のコストがかかります。市民が国政・区政をチェックして、候補者を吟味する時間を投じなかったら、どうやって良い政治が成立するのか。

まあ自分で言っといて、そんなことできないよねっていうのも分かります。毎日忙しく働いて、高い税金も払ってるのに、さらにくだらない政治に時間を取られたくない。世界を変えてやると期待を胸に政治家となった新人も、現実を見るにつれ何の感動もなく権力と金にしがみつくベテランになっていく、これも一概に責められません。

今回の区内の選挙結果を見ると、浮動票や無党派層と言われるカテゴリーは、維新やれいわみたいな政党のイメージだけで選ぶ傾向がありました。維新は追い風、一方で自民はボロボロ。今回僕は、朝は駅前に立って演説とビラ配り、日中は街宣車で区内を回り、夜はまた駅前であいさつ、といった一連の手伝いをしてきましたが、駅頭や街宣車の浮動票だけで当選を狙うのは厳しかったといえます。

同じ党内で現職の方が強かったのは、固定票がしっかりキープ出来ていたからではないか。もしくは革新より安定を選ぶが、自民党は嫌だ、という人が投票したのではないか。他の区で新人が強かったのは、しっかりと個別訪問も組み入れていたのではないか。今回浮動票狙いだけで僕の応援する候補者が当選できたのは、まじめにしっかりと駅頭活動していたからだと思う。想定より得票率が低かったのは固定層をないがしろにしすぎた。

団体や協力会にいくつも加入して、毎週どこかに飲みに行っている現職議員は当落ギリギリでした。宗教を含め、昔ながらの固定票対策では限界が来ているのかもしれません。もっと外に開かれたオープンな活動で固定層を作っていくといった、現代に即したやり方を考える必要がありそうです。何より自分が楽しくなければ続かない。

選挙をやるために必要なこと、テクニカルなことは次回に回したいと思います。無所属議員はやっぱり厳しい、選対事務局の重要性、選挙周りの人の言うことは信用しない、とは言いつつ素人で固めても厳しい、みんなグレーゾーンの中で戦っている、ケンカを売らない・買わない、その他もろもろが次回予告です!